篭絡・後

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おかしくなったのは池沢さんで二人目。

一人目は彼の前任者、森下さん。

森下さんは当時五十代半ばで、少し年の離れた奥さんと高校生の娘さん、それからペットの猫と暮らしていた。猫は雑種だったが「娘より可愛い」と同僚たちにガラケーで撮ったぼんやりとした写真を見せて自慢していた。本当は娘さんの方が可愛いでしょ、そう同僚に言われるとはにかんで、娘さんの部活や友達のことなどを嬉しそうに話していた。
ごく普通の、良いお父さんだった。

外国人労働者の教育を担当していた森下さんは、池沢さんと同じく一ヵ月も経たないうちに変わってしまった。

女性労働者だけに関心を示し、甘やかし、服従し、最終的に寮に入り浸るようになった。

ここまでは池沢さんと同じである。
だが、森下さんには家族がいた。

当然ながら家族との関係は壊れた。自慢の猫も愛娘も捨てた。奥さんからは離婚を切り出され、夫としての自分自身もあっさり捨てた。

会社は森下さんを解雇し、外国人労働者に関わる部署には女性社員だけを配属するようにした。それから数年、業務は円滑に進んだ。

人手不足のため止む無く池沢さんが異動して来るまでは。

 

前任者と同じ道を通って堕ちて行く池沢さんを、ベテランの社員たちは案じた。

そこで、労働者の入国が一時途切れたのを機に上司は休養を命じた。最初こそ寮から出ようとしなかった池沢さんだが、労働者が去り部屋に一人取り残されてしまうとすぐに出て行った。

翌日、社員総出で寮の大掃除が始まった。

 

「名目は掃除だったけど、実際は家宅捜索みたいなもんですよ」
とは、池沢さんと同じ部署にいた社員の談である。

彼らは物的証拠を探していた。具体的には避妊具等の、池沢さんが労働者と関係を持っていたという証拠だ。彼を解雇処分にするには、大事な”商品”である彼女たちに手を出していたという証拠が必要だった。

およそ半日かけて部屋中を隈なく調べた。ゴミ箱をひっくり返し、カーペットを裏返し、天井裏まで覗いてみたが、果たして、証拠は出てこなかった。

もう探す所がない、そう誰かが呟いた時

「……トイレの汚物入れ、見ました?」と女性社員が誰に問うでもなくそう言った。

汚物入れ。
最近ではサニタリーボックスなどと呼ばれることもある、使用済み生理用品のためのゴミ箱のことだ。そんなところに自分たちの探している物があるとは誰一人思わなかっただろうが、半ばヤケになっていた彼らは調べることにした。

30㎝に満たないほどのくすんだ水色の円筒。元は何かが描いてあったようだがほとんど剥がれ落ちている。いつからあるのか分からないが、おそらくずっと以前の居住者が残していった物を使い続けていたのだろう。

そっと蓋を外してみると中にはビニール袋が一枚、口を広げた状態で入っていた。袋には何もなかったが、半透明の袋越しに茶色い影が見えた。
ビニール袋を引き出してみると、それは底に貼られたガムテープだった。何枚も重ねられたガムテープの下に僅かな膨らみが見て取れる。

捲れたテープの端を持ち注意深くはがしていく。

現れたのは、小指ほどの大きさの二体の人形だった。

木で作られた丸い顔と円柱形の胴体に、黒い糸でできた手足。二つの人形は手足を複雑に絡ませてガムテープに貼り付けられていた。

雑な造りも相まって、どことなく不気味に思えた。

予想だにしなかった奇妙な人形の出現にしばし沈黙していた社員たちだったが、やがて誰からともなく

「これと同じような人形、お土産でもらったことがある」

と言い出した。

外国人労働者は来日の際に自国の特産物を手土産に持ってくることが多い。これと似た人形も、彼らからの手土産の中にあったというのだ。
その場にいたほぼ全員が、確かに見覚えがあると言う。しかしどこの国の物なのかは思い出せない。

そこで男性労働者を呼んで見せてみると、こんなことを言われた。

「あぁ、これは恋愛成就のお守りですね。女の子用です」

 

片方の人形の頭に長髪を模したと思われる毛糸がくっついていた。おそらくそれが「女性」を表しているのだろう。
改めて人形をよく観察すると、女性の人形の手が男性の人形を抱きしめるように結ばれているのが分かった。「意中の男性を捕まえる」という意味なのだという。それが逆だと男性用の恋愛成就のお守りになるのだそうだ。

そう教えてくれた彼はベトナム出身だったが、このような類のお守りはカンボジアやタイなどの近隣諸国にもあるようで、誰がどういうつもりで汚物入れに貼ったのか、結局その手がかりにはならなかった。

そして人形は近くの神社の古札回収箱へと投げ込まれた。

 

その後、証拠が見つからなかったため池沢さんの上司は彼を復帰させたのだが、さすがに居づらかったのだろうか、しばらくして退職した。

しかし復帰から退職までの間、彼はトラブルを起こすこともなく、以前のように実直な働きぶりだった。

その時の池沢さんはまさに「憑き物が落ちた」ような状態だったという。