籠絡・前

「最近、池沢さん気持ち悪くないですか?」

 

連日のように社内で噂される”池沢さん”は、入社当初は営業担当だった。

強面だが謙虚で勤勉、営業成績も悪くなかった。不惑の年を過ぎて尚独身、恋人もいない彼だったが周囲は「真面目だからきっと女性に対して奥手なんだろう」と好意的に解釈していた。

そんな彼は入社から数年後に営業部から外国人労働研修部という、業務内容も仕事量もまるで違う部署へと異動を命じられた際も文句ひとつ言わずに承諾した。

異動先の部署はその名の通り、外国からの労働者を教育する部署だった。外国人と接したこともなければ教育関連の仕事の経験もなかった池沢さんは、最初こそ慣れない業務に四苦八苦していたが、それでも熱心に取り組んでいるうちに徐々に余裕も出てきた。

この時も周囲は「さすが池沢さん」と彼に一層の信頼を寄せた。

 

ところが、彼は豹変した。

彼が担当していた外国人労働者は男性も女性もいたのだが、女性にばかり構うようになった。男性労働者との業務を放り出して女性寮に入り浸る。寮には後進国出身者が多く、国に残してきた家族に仕送りをしなければならないため贅沢ができない。そこで彼女たちは池沢さんをいい様に使った。「肉が食べたい」「ビールが飲みたい」「服が欲しい」「靴を買って欲しい」――池沢さんは請われるままに与えた。そしてとうとう寮で寝泊まりするようになり、それまで無遅刻無欠勤だった彼が初めて仕事を休んだ。それも無断欠勤である。寮の女性たちとの酒盛りが欠勤の理由だった。

勤務態度について上司から注意を受けたけれど、彼は反省するどころか「この会社はおかしい、君たちの味方は僕だけだ」と女性労働者にこぼすようになった。

その頃から彼は社内で孤立し、ますます労働者にのめり込んでいった。

こうなると、彼は労働者の誰かと恋仲だったのではないかと勘繰りたくもなるが、そうではない。一度に担当する労働者は時期にもよるが、大体が十人前後である。彼はその全員に尽くしていた。また、労働者たちの研修期間は僅か一ヵ月。研修を終えた労働者達はそれぞれの勤務地へと旅立つ。つまり寮にいる労働者は一ヵ月ごとに入れ替わるのだ。それにも関わらず池沢さんは彼女たちに貢ぎ、使われ続けた。

彼の堕落しきった勤務態度だけでも大きな問題なのだが、もう一つ、周囲が看過できない問題があった。

それが女性労働者だ。

入国当初の素朴な素顔は派手な化粧に覆われ、地味だった服装は露出が多くなる。日本語や日本でのマナーの習得に一生懸命だった彼女たちは半月足らずで横柄になる。そんなもの勉強せずとも暮らしていける、と。

対価なしにお金も労力も惜しみなく捧げてくれる池沢さんという存在のせいで、全て自分たちの思い通りになるのだと勘違いしてしまうのだ。

 

池沢さんが身も心も尽くして仕える女性たちが二代目に代替わりした頃、他部署の社員も気付き始め、噂をするようになった。

「最近、池沢さん気持ち悪くないですか?」

長く勤めている社員はこう答える。

「そうだね、これで二人目だよ」と。

 

(続く)