中国在住

中国滞在経験のある知人はこんなことを言う。

「10年以上中国にいる日本人とはあまり関わらない方がいいですよ」

もちろん仕事や家族の都合で長年暮らしている人もいる。彼女が指すのはそのような人ではなく、ちょっと特殊な事情で「日本に帰れない人」のことである。


 

その人と最初に会ったのは中国北部のとある町の日本料理店だったそうだ。

40過ぎの地味な女性。これといって特徴もない、普通の人。それがRさんだった。

お互い客として店に通う内に段々と話すようになり、他の日本人客も含めて5人程度で月に何度か食事を共にする間柄だったそうだ。Rさんは何の仕事をしているのか分からなかったが、そこそこ高給取りで、中国には7年住んでいるということだった。

 

そんなRさんがある時「私の婚約者」だと言って、どう見ても60代の中国人男性を連れて来た。

お腹は出ているし顎と首の境目は曖昧だし黄ばんだ歯は何本か抜けている。絵に描いたような冴えない中年男性だった。笑顔のひとつも見せない彼はどうやら日本語が話せないようで、ずっと目線を下げたまま押し黙っていた。

その場にいた全員、Rさんとは特に親しくもないし興味もなかったのだが、異様な婚約者の様子に下卑た好奇心を抱いた数人があれこれと質問をした。

それによると男性は中国南部の出身で、無職。Rさんとはインターネットを通じて知り合ったということが分かった。

その場では口にこそ出さなかったものの、考えていたことは皆同じだった。二人がいないところでRさんの婚約者を悪し様にこう罵った。

「日本人を財布としか見ていない汚い中国人だ」と。

みすぼらしい婚約者は金持ちの日本人にたかり、寄生しているようにしか見えなかったのだ。何もあんなに汚い人でなくてももっと他にいただろうに、とRさんに同情する声も多かった。

 

それから一ヵ月ほど経ったある日、いつもの日本料理店に婚約者の男性が一人で訪ねて来た。

 

「Rはどこにいますか?」

 

訛りの強い中国語でそう聞かれ、皆で顔を見合わせた。

そういえば最近Rさんと会っていない。しかし仲が良いというわけでもなく、誰も気にしていなかった。

「婚約者のあなたがご存知ないのに、私達が知るわけがない」

誰かが咎めるような口調でそう告げると男性は肩を落として、終には泣き出してしまった。

「届け出を出して、正式に夫婦になった翌日からRは家に帰って来なくなりました。数日待ってみたんですが、それでも帰って来ない。だから心配で、以前聞いたRの職場に行ってみたらもう退職していると言われて……」

日本にいるRさんの家族の連絡先は当然知らされておらず、どうしようもなくなって店に来たというのだ。

来たのはいいが、結局ここでも手がかりを得ることはできず、男性は店に入って来た時と同じように肩を落として帰って行った。

 

何だか男性が可哀そうになり、日本領事館へ問い合わせてあげたらどうかという話が出た。

ところが、

「いや……それはやめた方がいいんじゃない」

滞在期間がRさんの次に長いという女性が皆を止めた。

「昔はさ、Rさん、酔うと毎回気持ち悪い話してたんだよ。人を殺して”バラして”消す方法。殺人事件をただの行方不明事件にするんだって」

 

ここに来る日本人が増え始めてからかな、そんな話はしなくなったけど。

 


 

ここには書かないが、知人はその時に又聞きした人間のバラし方を詳細に語ってくれた。

「だから結局領事館には連絡しませんでした。Rさんの身を案じたわけじゃなくて、深入りは危険だってことですよ」

 

Rさんの消息は誰も知らないそうだ。

 

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