留遺 三篇

通学路にて

Kさんが高校生の頃、通学途中に近所のおじいさんに会った。
いつものように挨拶をする。が、おじいさんからの返事はない。いつもなら二言三言交わすのに、何だか妙だと思った。

帰宅して母親に言うと、嘘をつくなと何故か怒られた。

「おじいちゃんは昨日の夜病院で亡くなったのよ」と。

数年経った今もKさんはその時のおじいさんの様子をよく覚えている。

錆び付いたチェーンをギイギイ鳴らしながら自転車を漕いでいた、それはいつもと何ら変わりのないおじいさんだったそうだ。

 

 

水を乞う

ある日風邪を引いて寝ていたFさんは、玄関の扉をしつこく叩く音で目が覚めた。

重い体を引きずって扉を開けると、そこには隣の家に住む少年が立っていた。どうしたのか尋ねたところ「喉が渇いた」と言うので家に上げ水を飲ませると、少年は満足した様子で帰って行った。

少年を見送ったFさんは外に救急車が停まっているのに気が付いた。よく見ると近所の人達が大勢集まっている。

何事かと外に出てみると、ちょうど救急隊員が隣家から死体を運び出しているところだった。

父親、母親、お婆さん、そして少年――

 

 

後になって、隣家は一家心中をしたのだと教えられた。
一酸化炭素中毒で家族全員が死亡。Fさんの家に少年が訪ねてきた時にはすでに亡くなっていたのだそうだ。

 

 

雨の後に

今から10年ほど前、Lさんがまだ小学生の頃に近所のおじいさんが亡くなった。

おじいさんの葬式が行われた日は朝から雨が降り続いていた。季節にそぐわない厚手の上着を着て、Lさんも参列した。

式は滞りなく行われていたのだが、落雷による停電のため、式半ばで止む無く終了となった。

雨の止んだ翌日、改めておじいさんの家に行くと、なぜか棺桶の蓋が開いている。どうしたものかと訝しんでいると、ひとりが「あっ!」と部屋の奥を見て声を上げた。皆と一緒にLさんも視線を向ける。

そこに、椅子に腰かけるおじいさんがいた。

白い死に装束の上から冬物のコートを羽織ったおじいさんは、生前と変わらない優しい笑顔で皆を見つめている。

そして挨拶するように皆に向かって軽く手を上げると、そのままゆっくりと消えていった。

 

 

中国のオカルト観

「死とは肉体の消失を意味するものであり、魂の消滅ではない」と言うのはよく聞く話であり、上に記した三篇もそのように始められた怪談である。

しかしながら中国共産党は霊魂や幽霊、妖怪といった非科学的な物の一切を否定している。長い歴史においては当然不可解な事件や事故は少なからず存在しているのだが、それらの全てを科学的解釈を以て完結させている。

昨今はそれだけに留まらず、映画やドラマにさえ幽霊を出演させないという徹底ぶりである。劇中の怪奇現象云々は人為的なものだった、というオチをつけなければならないというルールもあるのだそうだ。「だから最近の中国製ホラー映画はつまらない」とはホラー好きな中国人の談である。

2件のコメント

  1. お国柄…。ですかね?
    中国やらなんやら大陸の文化?が混ざった地域に住んでるので意外かなぁ。
    ただ、紹介してくれた話全てに思ったのは『国が違っても王道なパターンは似ている』と言うものでした。

    しかし、よくツカサさんは収集できますねー(^w^)
    私自身は怪談好きなのに、怪談が私を嫌いなので周りに「こんな話がある」「こんな体験した」と言う方がいらっしゃらない…。
    何、この片思い感(笑)
    まあ、個人的に人付き合いが苦手なのもありますが。

    • この話のポイントは「政治的な圧力があるにも関わらず、国民の中には霊を目撃した人も多くいる」ってとこですかね。
      結局個人の考えや信仰は政治によってコントロールできないことの最たるものかと。

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