汝、余所の諍いに関わる勿れ

現在大学生のBさんがまだ幼かった頃。

 

ある夏の夜、村の住人達が広場で喋っているとどこからか言い争う声が聞こえてきた。

どうやら男性と女性が喧嘩をしているようだ。しばらくすると「痛い!」という女性の切羽詰まった声が聞こえた。
皆は「放っておいた方がいい」と家に帰ってしまったが、一人のおじいさんは声のする方へと駆けていった。

声は河口の辺りから聞こえてくるのだが、月明かりだけでは声の主を見つけることも儘ならない。

そうこうしている内に諍う声は激しさを増し、女性の声はほとんど悲鳴に近いものになっていた。

おじいさんが堪らず「やめろ!」と制止したその瞬間、突然男女の声は聞こえなくなった。

後に残るのは、穏やかな川のせせらぎ。言い争う男女など初めからいなかったかのように、声はふっと消えてしまったのである。

しばらく周辺を歩き回ってみたが、とうとう声の主を見つけることはできなかった。

 

不思議に思いながら家に帰ったおじいさんを待っていたのは、首をつって天井からぶら下がっているおばあさんだった。

どうして?

何があった?

おばあさんの亡骸を前に、今日までの事をあれこれと考える。自殺をするような気配があったか、理由は何か、思い詰めているような事があったのか。

そうだ、遺書はないだろうか。死ぬ前に自分に何か言葉を遺してはいないだろうか。

そして家の中をぐるりと見回してみて気が付いた。

食卓の料理。おばあさんが箸をつけたのだろうか、少し量が減っているものの、ほぼそのまま残されていた。

おじいさんには、おばあさんは食事の途中にふと思い立って自死したかのように思えたそうだ。

 

それから数日後に行われたおばあさんの葬儀に、Bさんも参列した。

悲しみに暮れるおじいさんを横目に、村の大人たちは口々に「喧嘩に首を突っ込んだからだ」と噂した。

何故喧嘩に関わっただけでおばあさんが自殺したのか、幼いBさんにはその理由がさっぱり分からなかった。

大人達に「どうしていけないの?」と聞いてみたところ、皆は真面目な顔でこう言った。

 

「二人は連れて行ける仲間を探してるんだ」

 

喧嘩の仲裁をしようとしただけで何故連れて行かれるのか、

どうしておじいさんではなくおばあさんが仲間にされたのか、

”二人”は何者なのか、

Bさんの疑問は尽きなかったが、大人達はそれには答えてくれなかった。

ただ、仲間はおばあさんの他に少なくとも十人はいると教えてくれたのだという。

 

 

言い伝え

 

「夜中に爪を切ってはいけない」
「新しい靴は午前中におろさなければならない」
日本にはこのような言い伝えがある。ただの迷信だと言う人がほとんどではないだろうか。

もちろん中国にも言い伝えがある。その多くは日本と同じで、何かしらの教訓を内包しているのだが、中には理由も原因も不明な、ある種の理不尽さを感じるものもある。

Bさんの村には「夜中に喧嘩の声が聞こえてきても関わってはいけない」という言い伝えがある。

中国北東の沿岸部での話である。

 

 

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